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おたんこナースのきーちゃんとその家族の日記です。
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その後のこと
2013年12月16日 (月) | 編集 |
お久しぶりです。
長らく、放置してきたブログではありますが
思うところもあり、ぼちぼちとまた、記事を書いていこうと思います。


前回書いた職場の同僚であり友人でもあった、
大腸がんを患った「まあ坊」ことSさんですが
11月26日、38歳で天国に旅立って行きました。
最後までがんと闘うという毅然とした態度で、
辛い治療にも耐えて頑張りましたが
とうとう力尽きて逝ってしまいました。

入院の後半はほぼ毎日、お見舞いに行っていたのですが、
成り行きで最期の瞬間は私とお母さんの二人で看取りました。
「ちょっと女優の木村佳乃さんに似てるね」なんて
患者さんに言われたこともある可愛いらしい人でしたが
最後はかなりやつれて
肝転移による黄疸もあり、
手を握りながら
「しんどかったね」と顔をさすり、何度も声をかけていました。
気の強い子でしたからね、
一緒に働いている間はまあ、いろいろありましたよ。
いいことばっかりじゃなく、
たまには一週間くらい口きかなくなったりとか。( ̄∇ ̄;)

でも、看護師としてはキャリアが長かった私を
頼ってくれていた面もたくさんあって
(彼女は准看護師で、
 大きい病院での勤務経験はなかったので)
自分の病気のデータの移り変わりや
治療に関する相談もよくしてくれました。
ただ、それらすべてがあまりいい兆候を示すものではなかったので
私はかなり無理やり、いいほうにこじつけて説明していましたが。
彼女は前向きに希望を捨てずにいました。
だから私も最後の最後まで
それに付き合うと決めて悪いことは一切言わなかった。
お互い看護師だから、
データ上はもうどうしようもないことはわかってはいるのですが、
私の口から「最期」をにおわす言葉を
彼女も聞きたくなかったと思ったから・・・。

意識を保っていた最後の日、
亡くなる3日前でした。
朝、彼女からメールがあり
(もうこのころは短いメールを打つのがやっとでしたが)
「顔を見せに来てほしい」と。
彼女が私に「会いたい」と告げてくるときは
本当にしんどい、すぐに来てほしいときだけでしたから
親しくしていたもう一人の同僚も誘って駆けつけました。
すでに肺転移も進んでいて胸水もたまっていたので
呼吸が苦しく、前夜はパニック状態だったそうです。
朝からの処置でいくぶん落ち着いていましたが、
帰り際に「いつもありがとう」と言ってくれました。
「もう10年以上、
 毎日のように顔を突き合わせて働いてきたんだから、
 他人じゃないよ、いつでも来るからね」と答えたら
本当にうれしそうに笑ってくれて・・・。
その日の夜から強い鎮静剤を使って意識を落とす処置に入り、
3日後の朝、亡くなりました。
平日の朝で、ご家族もそんなに早く急変するとは思っていなかったようで
泊って付き添っていたお母さん以外は誰もいない時間でした。
不安になったお母さんが私に連絡をくださったんです。
「もう意識もなくて、血圧も測れないけど・・・。
 会いに来てもらっても何にもならないかもだけど・・・。」
子どもたちを学校に送り出し、
洗濯や掃除は義母に任せて病院へとんで行きました。
1時間ほどして
担当医が「延命につながる処置はしない、と本人と約束したから」と
酸素マスクを外してものの10分くらいでしたか、
モニター上の心電図波形がゆっくりになり、
すぐに呼吸も心電図も完全にフラットになりました。
直後にもう一人の同僚と、2番目のお姉さんが駆けつけてくれたのですが
最後の最後に手を握っていたのは私で、
お母さんは動揺して家族にかけた携帯電話を握りしめていて・・・。
この瞬間のことはずっと後悔しているんです。
なんでお母さんに向かって
「今は連絡してる場合じゃないから、
 すぐにこっちに来て手を握ってください」って
言えなかったんだろうって。

家族が多い子で、
兄弟の中には身体が弱くて仕事に就けない弟さんもいて
精神的にも経済的にも一家を支えていた子でした。
ふだん勤務時間が長くて忙しいので
病院の他の友達とはすっかり疎遠になっていたようで
お通夜、お葬式に訪れた友人も少なかったです。
最後は大好きだったビールと
ドラゴンズのユニフォームのレプリカを棺に入れてお別れしました。

あれから3週間になるのですが
職場に居るとあちらこちらに
彼女の残した連絡などのメモが残っていて
いなくなってしまったことが信じられないです。
患者さんたちも「どうしてSさん、辞めちゃったの?」と聞いてくる人もいます。
なかなか本当のことは言えなくて・・・。
でもそろそろ、
親しくしていた常連の患者さんには少しずつ打ち明けて、
彼女のことをそれぞれの胸の内で偲んでもらえたら
供養になるんじゃないかなって、先生とも話しています。

今月、携帯電話を買い換えたのですが
彼女とのメールがいっぱい残った古い電話機は
ときどき充電しながら手元に置いています。
あと何年、現場で働けるかはわかりませんが
ずっといっしょに、手元に置いていこうと思っています。
看護師としても、友人としても
一緒に居たことでたくさんのことを学ばせてもらったよ。
ありがとう、まあ坊。

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